その場を乗り切ることとやり過ごすこと
こんにちは。
ラトビア時間ではこんばんはです。
毎週月曜日の授業は夜の18:15-21:00過ぎまでという何とも最悪な時間。今日はその授業で思ったことについて書きます。
授業によっては毎回readingを読んでから授業に臨むものがあります。もちろん、なるべく読むべきテキストは読むようにしています。前紹介したforeign policy analysis やmodels of democracyなどはreadingを読んでないと授業についていけないので読みますが、たまにある月曜日のreading、私は今日は読んで行きませんでした。というのも、一回ちゃんと読んでいったのに全然意味がなかったから、とか、この授業がつまんないから、とか理由はまあ色々です。
そして今日はたぶんreadingをちゃんと読んでくるべき回だったんですね。グループに分けられて、readingのcase studyについて色々なファクターからanalyzeするというセミナーでした。で、グループ内でファクターを振り分けてクラスにシェアしなきゃいけなかったんです。
さあ、大変。だってreadingを読んでないんですもの笑 グループのメンバーがどんどん喋ってくから、自分も残ってるファクターについて何か言えることはないかってもう必死でした。readingを読んでないから最初わけわからんくて、他のメンバーが喋ってることを聞きつつ、何とか自分もやらなきゃってけっこう焦りました。久しぶりに授業中焦りました。でも心の中でまあ何とかなるだろうと思いながら必死でその場を取り繕おうとしました。
でね、結果は何とかなったんです。テキトーに喋ったつもりが意外と先生分かってくれて。
で、aiuでの経験が良い意味でも悪い意味でも生きているなと感じました。
私はaiuでは何回も窮地に立たされてきました笑 思い返すと最初はeapのspeakingのクラスだったかな。discussion に全然ついていけなくて、でも何か発言しないとfailだし。他の授業でもちょうど他の人が何について話してるかわからない時に限って意見求められたり。これはその場の瞬間的な窮地だけど。他には、詰みすぎて十分にテスト勉強しないでテスト受けたり、1800字のペーパー1日で書いたり。
(だめじゃん〜〜なことばっかりだ、、、)
だから、やばいっていう状況でも心の中で思っちゃうんですよね。何とかなるって笑
瞬時にその場に何とか対応する力がついたと言えばポジティブだけれど、その場をどうにかこうにか乗り切ることに慣れるのも良くないなって。どんどん手抜きになっていって、それが癖になる。というか、私の場合もう癖になっちゃいました、、、提出日が近づかないとやる気が出ない、、、。良くないな、、、。
だから、窮地に立たされてもその場をなるとかするのって、乗り切るって言い方をすれば良いけど、やり過ごすって考えたら良くないなあと思いました。
けど、やっぱりやる事はいっぱいあるのは事実だし、力を入れるところと手を抜いていいところを見極めることは必要なのかしら、、、。
まあとにかく、その場をやり過ごすことに慣れて手を抜きすぎてしまうのは良くないなと思ったのでした。
おしまい!
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